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| home > カラーコーディネーター検定試験® > [コラム] カラーコーディネーター検定試験とは?<第12回> | ||
| Last updated: March 28 2008 09:56:34. |
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今や海外でも注目されはじめている東京商工会議所のカラーコーディネーター検定試験。 その魅力とは一体何でしょうか。特徴や試験内容、勉強のポイントに至るまで、東商認定講師がお伝えします。 |
おわりに |
(鈴木 千惠子) |
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第一回のコラムで“色彩は学問の分野でいえば、物理、科学、哲学、生理学、心理学、美術・造形、経営などなど、多岐に渡ります。”と書きました。それだけにテキストには多くの人物が登場します。テキストに出てくる人物を少しだけ深く知ることで、人生観をも学習することができます。
そして、次にトーマスーヤングのあまり知られていない側面に気づきました。トーマスーヤングの経歴はすばらしいもので、13歳でフランス語、イタリア語、ドイツ語ができ、さらに翌年にエジプト語、ヘブライ語にも精通するようになり、エジプトの考古学も研究するようになります。そして、“専門にかたよらない万能学者”といわれたそうです。(注4)20歳で視力や乱視について研究し、ニュートンの「光学」も熱心に研究する、勉強熱心な若者でした。ひとりでいくつもの才能があり、それを発揮することができてうらやましい限りだと思います。けれども彼は、器用な人ではなかったのです。 ケンブリッジ大学で医学を学び、イギリスで医者として1800年に開業したそうですが、医者としては不成功で、1801年に王立研究所の自然学の教授に転身します。けれども、そこでも彼の講義は、内容的には大変優れていて独創的であっても難解で、学生には不人気だったそうです。1803年にはそこを辞めて、その後彼は生涯にわたって様々な医学的職業や自然科学に関する管理研究職を転々としたのでした。(注5)その後、彼の晩年は幸福だったかどうかはわかりませんが、人間は完璧ではないのだ、ということがわかると少し安心することもできます。それに、開業医→自然学の教授→研究職と1年あまりで転職しています。ちょっと我慢が足りないのでは、と思うところです。 また、フランスの画家スーラは、美術学校でのクラスの成績は、下から3番目だったのですが、それでも色彩を科学ととらえ、シュブルールの色の対比論などを研究して点描画を生み出し、「グランド・ジャット島の日曜日の午後」や「アニエールの水浴」などの大作を残しました。 人間は学校の成績がすべてではないし、人間は完璧ではない、得意なことを伸ばしていくべき、と教えられます。 (注1)(注3)『色彩の科学』金子隆芳 著 朝倉書店参照)参照 |
著者プロフィール |
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カラーアナリスト&イメージコンサルタントとして、カラーコーディネートの講師や色彩提案、ビジネスマナー研修に携わる。
1994年 文部省認定 秘書技能検定1級(準)合格 |